カフェでコーヒーや紅茶と一緒に出てくるあの香ばしいビスケットがあります。それがスペキュロスです。カリッとした食感と、シナモンをの香りがふわっと広がる独特の味わいは、一度食べると忘れられません。
もともとはサン=ニコラの日に食べられる特別なお菓子として生まれ、長い歴史のなかで宗教や伝説とも深く結びついてきました。今でもクリスマスを彩るお菓子のひとつです。スペキュロスは17世紀の香辛料貿易が生んだ贅沢品でありながら、ベルギーやフランスをはじめとするヨーロッパ各地で親しまれています。
この記事では、そんなスペキュロスの歴史や由来、パンデピスとの違い、そして現在の姿までを掘り下げてご紹介します。
スペキュロスとは?
スペキュロスは、スパイスをきかせた香ばしい薄焼きビスケットのことです。
焦げ茶色の生地に、木型で押された模様が浮かんでいるのが特徴です。ベルギーやオランダ、ドイツ西部のヴェストファーレン地方の名物として知られ、特に12月6日の「サン=ニコラの日」やクリスマスに欠かせないお菓子ですが、今では一年を通して楽しまれています。
- ヴェストファーレンとはドイツ西部のドルトムント、ミュンスター、ビーレフェルト、オスナブリックを中心とした地域のことです。
ベルギーやフランスのカフェでは、コーヒーや紅茶のお供に小さなスペキュロスが添えられることもあり、温かい飲み物と一緒にいただくと、そのスパイスの香りがふわっと広がってとても心地よい味わいです。

フランス語の名前
- Spéculoos
-
[spekylos] スペキュロス / フランス語
- Speculaas
-
[speky’laːs] スペキュラース / オランダ語
- speculoos
-
フラマン語
- spekulatius
-
ドイツ語
スペキュロスの構成・材料
分類 | パティスリー/ビスキュイ |
構成 | パンデピス生地 |
材料 | 小麦粉 砂糖/カソナード/ブラウンシュガー バター 卵 シナモン/カルダモン/クローブ ベーキングパウダー/重曹 塩 |
スペキュロスに使われるスパイス
スペキュロスの香りの決め手は、やはりスパイスです。メーカー製のスペキュロスはシナモンのみを使うものが多いですが、伝統的なレシピではナツメグ、クローブ、カルダモン、生姜、白胡椒などをブレンドします。
例えば、ベルギー・ブリュッセル最古の老舗「メゾン・ダンドワ」1では、シナモンにクローブをひとつまみ加えるレシピを公開しています。
フランスの製菓辞書『Dictionnaire de la gourmandise』では以下のような配合が紹介されています。
Annie Perrier-Robert, Dictionnaire de la gourmandise: Pâtisseries, friandises et autres douceurs, Bouquins, 2012, pp1094-1096.
- シナモン 大さじ3
- ナツメグ 大さじ1
- クローブ 大さじ1
- 生姜 小さじ2
- カルダモン 小さじ1
- 白胡椒 小さじ1
この複雑なスパイスの調和こそが、スペキュロスの魅力ですよね。
美しい型の秘密
スペキュロスはただのビスケットではありません。
ブナや桜の木に彫られた型に生地を押し込み、模様をつけるのが特徴です。昔は聖書の場面や歴史的出来事、船や風車、サン=ニコラの伝説、さらにはギリシア神話のセイレーンまで、さまざまなデザインがありました。現在では動物や花かご、キャラクターなど、かわいらしい模様も人気です。

この「型押し」の習慣は、ベルギー・ディナンの伝統菓子「クーク・ド・ディナン」に由来すると言われています。
- セイレーンとはギリシア神話に登場する海の怪物で、上半身が人間の女性で、下半身は鳥や魚の姿とされます。
Par Siren Painter (eponymous vase) — Jastrow (2006), Domaine public, Lien
クーク・ド・ディナンとは?
クーク・ド・ディナン(Couque de Dinant)とは、ベルギーの町ディナンの特産品である小麦粉と蜂蜜で作る石のように硬いビスケットのことです。動物やキャラクター、花などが掘られた木の型で生地に型押しして、表面に模様があるのが特徴です。
実際にクーク・ド・ディナンのレシピは小麦粉と蜂蜜のみで作ります。材料を合わせて生地を作り、木の型でデザインを型押し、300℃に熱したオーブンで10分強焼きます。焼成直後に、刷毛で水をさっと塗ります。
冷めると石のように硬くなるため、テーブルの端で割り、かけらを口の中で少しずつ溶かして食べるのが伝統的な食べ方です。
その起源は1466年、中世後期のブルゴーニュ公国の時代にさかのぼります。突進公シャルルによって町を包囲され、食糧を失った住民が蜂蜜と小麦粉だけで作ったのが始まりだとか。このビスケットは非常に硬かったため、銅の型で模様を押す工夫が加えられ、美しいビスケットが生まれました。ディナンは中世後期より、専業とするほど金属加工の技術が発展していたこともこのアイデアを後押ししました。
こちらの動画ではクーク・ド・ディナンがどんなお菓子か、作り方などをダンスしながら紹介してくれます。すごい硬いビスケットということもわかります。
スペキュロスとパンデピスの違いって?
スペキュロスを知っている人なら、「パンデピスと似てるな」と思ったことがあるかもしれません。どちらもスパイスが香る焼き菓子で、見た目や風味も少し似ていますよね。では、この2つにはどんな違いがあるのでしょうか?
一番大きな違いは「材料」と「食感」にあります。
パンデピスは蜂蜜で甘みをつけるのが特徴。一方のスペキュロスは蜂蜜ではなく、ブラウンシュガー(フランス語では vergeoise と呼ばれる砂糖)を使います。さらに、スペキュロスにはバターが入りますが、パンデピスには油脂は加えません。
よって、食感にも違いがあります。スペキュロスはサクサクとしていますが、パンデピスはねちっとした食感がします。
見た目にも違いがあります。スペキュロスといえば型押しで模様がつけられるのが特徴です。ケーキタイプのパンデピスは素朴で、特別な模様はありません。しかし、クッキータイプのパンデピスの場合は表面にアイシングで模様がつけられたり、型でさまざまな形を表現することがあります。昔は木型で型押しされていたこともありました。
同じ「スパイス菓子」でも、材料や仕上がりの雰囲気でそれぞれの個性がはっきり分かれているんですね。


スペキュロスの由来
時代 | 14世紀/17世紀 |
国 | ベルギー/オランダ |
地方 | フランドル地方 |
町 | ハッセルト |
人物 | – |
スペキュロスの歴史は17世紀にさかのぼります。当時、フランドル地方(現在のベルギー北部一帯)はスペイン領ネーデルラントに属していました。オランダではアジアからシナモン、カルダモン、クローブといった香辛料を持ち帰っていました。その希少さからスパイスは贅沢品とされており、これらをふんだんに使って作られた特別なお菓子、それがスペキュロスとなりました。
別の説では、18世紀にブリュッセルのパティシエが弟子のちょっとした失敗をきっかけに独自の生地を考案し、それが現在のスペキュロスにつながったとも伝えられています。
いずれにしても、スペキュロスは香辛料貿易の歴史と深く結びついたお菓子なのです。

サン=ニコラとのつながり
スペキュロスは、もともと12月6日の「サン=ニコラの日」に食べられる特別なお菓子でした。
サン=ニコラは子どもや学生、そして恋人たちを守護する聖人としてヨーロッパ各地で広く敬われています。現在でもドイツ、オーストリア、ベルギー、フランス北部・東部、オランダ、ルクセンブルクなどでは盛大に祝われ、サン=ニコラにちなんだお菓子としてスペキュロスが登場します。
サン=ニコラにまつわる伝説のひとつに、ある貧しい父親が持参金を用意できず、3人の娘を嫁がせられずに困っていたという話があります。さらに生活のため娘を売春に出すしかないという絶望的な状況に追い込まれました。これを知ったニコラは、娘たちの尊厳を守るために金貨を袋に入れて密かに家へ投げ入れ、彼女たちを救ったといわれています。この「3つの金貨」の物語が、やがて恋人や家族への贈り物の習慣へとつながったのです。
Par Palmerino di Guido — Web Gallery of Art: Image Info about artwork, Domaine public, Lien
オランダにはこんな迷信も残っています。若い男性が女性にスペキュロスを贈り、それを女性が受け取れば結婚が成立するというものです。サン=ニコラが恋人たちの縁を取り持つ存在と考えられてきたことが背景にあります。
以上、スペキュロスの紹介でした。身近なお菓子ですが、ただのビスケットではなく、スパイスの香りとともにヨーロッパの歴史や信仰、そして人々の暮らしを伝えてくれる小さな文化遺産ではないでしょうか。
コーヒーや紅茶に添えるだけで、普段のひとときがぐっと華やかになります。もしカフェで小さなスペキュロスを見かけたら、ぜひ試してみてください。きっと一口で「もう一枚!」と手が伸びてしまうはずです。
- Le tour du monde des biscuits et petits gâteaux
- Dictionnaire de la gourmandise: Pâtisseries, friandises et autres douceurs
- Le dictionnaire des chefs Ferrandi Paris
- Le speculoos Dandoy
- Sirène (mythologie grecque)
- Recette de couque de Dinant
- Le speculoos, un morceau du patrimoine belge
- Nicolas de Myre
- chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://d16n391k7whr4.cloudfront.net/recipes/recette-speculoos_maison-dandoy.pdf ↩︎