ヴィジタンディーヌはあまり知られていないお菓子です。フランスでも知っている人はとても少ないお菓子です。ですが、食べると誰もが食べたことのあるお菓子です。
このヴィジタンディーヌは17世紀の修道院で作られるようになったお菓子で、その後パリで広まり世界中に知られるようになりました。
この記事では、ヴィジタンディーヌというお菓子について、誕生した歴史やその背景、フィナンシェとヴィジタンディーヌの違い、レシピや使用する型について書いています。この記事を読めば、ヴィジタンディーヌのすべてが深くわかるようになります。
ヴィジタンディーヌとは?
ヴィジタンディーヌとは、アーモンドと卵白、砂糖、小麦粉、バターを合わせてつくる小さな焼き菓子のことです。
フランスの北部に位置する町ナンシーの名物となっています。19世紀半ばに創業したお菓子屋さんルフェーブル=ルモワン(LEFEVRE-LEMOINE)では1840年以来ヴィジタンディーヌを製造しています。(下記の画像が創業者 Antoine-Louis Lefèvre)

Par Victor Prouvé — https://musee-lorrain.nancy.fr/fr/collections/les-oeuvres-majeures/portait-d-antoine-louis-lefevre-247, Domaine public, Lien
一般的には丸型やバルケット型(舟形)ですが、ナンシーでは花型で作られています。

フランス語の名前
- Visitandine
-
[ヴィジタンディーヌ]ヴィジタンディーヌ / フランス語
ヴィジタシヨン修道会(Visitation)の修道女の名前に由来しています
ヴィジタンディーヌの由来
1610年、フランス東部に位置するアヌシーで、フランシスコ・サレジオと貴族夫人のジャンヌ・ド・シャンタルによってヴィジタシヨン(Visitation)女子修道会が創設されました。ヴィジタシヨン修道会は「聖マリア訪問修道会」とも訳され、この修道会で務める修道女はヴィジタンディーヌと呼ばれました。

Par Anonyme — http://cabrio.bibliotheek.brugge.be/browse/webgaleries/FAVA.KL1.357/index.html, Domaine public, Lien
1651年には、この修道会では87の修道院が設立されていました。
ヴィジタシヨン修道会は「厳しすぎない修道会」として創設されましたが、修道生活の根本的しるしとして肉食禁止だけは守られました。そのため、タンパク質を補うためにアーモンドと卵白をつかったお菓子が作られました。実際に、アーモンドには100g中21g、卵白には11gとタンパク質を豊富に含んでおり、肉の代用品になるということが分かります。
では、なぜ修道会では肉を食べることを禁止されていたのでしょうか。
まず、肉は血を多く含む食べ物と考えられ、血気や情欲を高めると信じられていました。つまり、肉は欲望の象徴でした。修道士や修道女は禁欲と純潔を重んじたため、肉を避けることで肉体的欲望を抑えると考えられていました。
この考えは6世紀の聖ベネディクトの「修道士は獣肉を食べない。ただし病人や虚弱者には与えてよい」という戒律から始まりました。この伝統は後の修道会にも強い影響を与え、中世から近世でもこの規範を引き継ぎ、「魚・卵・乳製品は可だが、獣肉は不可」とされています。
また一方、肉は中世社会で贅沢品とされ、権力者や裕福層の食べ物でした。修道者が肉を避けることは世俗からの断絶や清貧の証を意味していました。医学的にも肉は熱や湿を生み、気質を乱すと考えられ、修道生活にふさわしくないと見なされました。
現実的には、山間や都市近郊の修道院にとって、肉は入手が難しく、保存も難しく、魚や野菜、豆類の方が主食になりやすかったという面もあります。
中世から近世までの修道院ではこのような理由から肉食が避けられていました。
そして、もうひとつの疑問があります。ヴィジタンディーヌを作るのに卵白を使いますが、卵黄は何に使ったのでしょうか。
修道院では卵黄を布や典礼用品の手入れ、薬や化粧品、料理として用いたことが記録に残っています。
17世紀、フランスの修道院・教会や民間の生活について書かれている「家事本1」に、修道服や典礼用の布の手入れに卵黄が使われたという記述があります。
卵黄にはタンパク質と脂質が含まれており、乾くと膜状に固まって布をパリッとさせる効果があります。いわば「天然の糊」として機能し、典礼用のヒダのある祭服やアルバ(白衣)をきれいに保つために用いられました。また、卵黄を布や革に薄く塗り、磨くと光沢が出ます。脂質の被膜によって水をはじく性質があり、祭服の一部や装飾(刺繍部分、革ベルトなど)に応用されました。
次に、卵黄は皮膚の手入れや治療、化粧品として使われることもありました。中世から近世にかけて薬草学や家庭薬についての本2にしばしば登場します。
たとえば、潤滑剤、火傷や乾燥肌の治療用の軟膏の材料として卵黄が混ぜられる例3があります。
ほかにも、卵黄と蜂蜜、卵黄と油を合わせて練り物を作り、乳児の皮膚の手当てとして用いていました4。
卵の内部にはサルモネラ菌が存在し、食中毒のリスクがあるということは今では広く知られていますが、その当時はまだその危険性は知られていませんでした。19世紀末に細菌学が発展して知られるようになります。17世紀当時は卵を皮膚に塗るというという行為は自然の栄養を与えるという考えでした。5
最後に、卵黄はもちろん料理にも利用されました。卵黄は修道院の食事に使われることも多く、栄養価の高い食材として消費されました。料理のソースやクリーム、カスタードクリームなどに用いられました。
つまり、修道女たちは卵白をお菓子に、卵黄を布や典礼用品の手入れ、薬、料理に用いることで、余すことなく活用していたのです。
このお菓子を作るために卵黄が余ったのではなく、卵黄を生活に必要な服の手入れ、薬、料理に用い、それで残った卵白を何かに利用しようと考え、生まれたのがこのお菓子でした。
ちなみに、この同じ時代、修道院では卵白とアーモンドを使ったお菓子がもうひとつ作られます。それがマカロンです。マカロンも修道院で生まれたお菓子です。
その中でもナンシーの修道院で生まれたマカロン(マカロン ド ナンシー)が有名です。

おそらく、ロレーヌ地方やナンシーにある修道院でこのお菓子が作られたのではないかと考えられます。そのお菓子のおいしさが評判を呼び、多くの店でこのお菓子が作られるようになったのでしょう。
そのひとつが前述のフェーブル=ルモワンで、この店では1840年より作られるようになりました。ヴィジタシヨン修道会の修道女が考案したので、このお菓子のことをヴィジタンディーヌと名付けました。
ヴィジタンディーヌとフィナンシェの違い
17世紀に修道院で生まれて、1840年に商品化されたヴィジタンディーヌですが、ついに大都会パリに進出することになります。
1890年代、パリ証券取引所(Bourse)近くに店を構えた菓子職人ラスン(Lasne)がヴィジタンディーヌを金塊の形にすることを思いつきました。彼はそれを「フィナンシェ」と名付けました。フィナンシェ(Financier)とは「金融資本家」という意味です。
19世紀末の時代は産業革命が起こった後で、パリでは都市化が進んでいました。金融業や証券業が盛んになり、証券取引所周辺には多くの銀行家が集まりました。忙しいビジネスマンたちは、短時間で食べられる「手軽で美味しいお菓子」を求めていました。そこで考案されたのが手づかみで食べれる小さなお菓子でした。
修道院で生まれた「ヴィジタンディーヌ」を原型にしつつ、形を金塊のように変え、金融街の客に売り出しました。
余った卵白で作ったお菓子が、修道女から都会のパティシエへと受け継がれていきました。
大都市パリで作られたこともあり、フィナンシェのほうは広く知られていますが、ヴィジタンディーヌが先祖です。
ヴィジタンディーヌもフィナンシェはどちらも同じ材料で、同じ作り方ですが、形だけが違います。ヴィジタンディーヌは丸や舟、花の型で焼きますが、フィナンシェは必ず平べったい長方形の金塊の形で作ります。
ヴィジタンディーヌのレシピ
- 調理時間:20分
- 生地を休める時間:1時間
- 焼成時間:20分
材料
- 粉砂糖 67g
- アーモンドプードル 37g
- 小麦粉 24g
- 卵白 67g(2個分)
- バター 67 g
型に塗る用にバターと小麦粉も準備してください。
- バター(型用) 適量
- 小麦粉(型用) 適量
必要な道具
- 片手鍋
- ヘラ
- ボウル
- 泡立て器
- 絞り出し袋(あれば)
- ヴィジタンディーヌの型
ヴィジタンディーヌの型
一般的には丸型や舟型、ナンシーでは花型で作ります。今回は花型で作ります。

ヴィジタンディーヌの作り方
バターは溶かしバターの場合が多いですが、今回はフィナンシェと同様に焦がしバターで作ります。
180℃にオーブンを温めます。
片手鍋にバターを入れ、火にかけます。ヘラで常にかき混ぜ、色がついてきたら火を止め、余熱で熱を入れます。好みの色になったら、鍋底を水に当て、色が付きすぎるのを防ぎます。

ボウルに卵白と粉砂糖、小麦粉、アーモンドプードルを入れ、ヘラで泡立てないように混ぜます。焦がしバターを混ぜ合わせ、冷蔵庫で1時間ほど生地を寝かせます。

型にバターを塗ります。生地を絞り出し袋に入れ、型に絞り出します。180℃に熱したオーブンに型を入れ、20分焼きます。熱いうちに型から取り出し、ヴィジタンディーヌを冷まします。

密封容器に入れ、常温で保存します。できたては外はサクサクで中はふわふわとしていますが、翌日は生地が落ち着いていて、ふわっとアーモンドと甘い香りがします。
出来立ての当日や翌日が食べごろです。















