『スタイルズ荘の怪事件』は1920年に刊行されたアガサ・クリスティーの小説です。原作タイトルは “The Mysterious Affair at Styles“、フランス語では “La Mystérieuse Affaire de Styles” です。
概要
タイトル | スタイルズ荘の怪事件 |
著者 | アガサ・クリスティー |
出版社 | 早川書房 |
発売日 | 2003年9月30日 |
ページ数 | 361ページ |
ポワロ探偵シリーズの第1作目でもあり、ポワロと友人のヘイスティング大佐がイギリスの田舎町で偶然再会し、物語が進んでいきます。
旧友の招きでスタイルズ荘を訪れたヘイスティングズは到着早々事件に巻き込まれた。屋敷の女主人が毒殺されたのだ。調査に乗り出すのは、ヘイスティングズの親友で、ベルギーから亡命したエルキュール・ポアロだった。
『スタイルズ荘の怪事件』のあらすじより引用
日本語ではKindle版で、フランス語では文庫本で読みました。
登場人物
- アーサー・ヘイスティングズ
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元ロイド保健協会勤務、病床休暇中、30歳、この物語の語り手
休暇後、陸軍省で働く - エルキュール・ポアロ
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5フィート4インチ(162,56cm)の小男、頭の形は卵形で口髭は軍人風、潔癖症
ベルギー警察で最も有名な刑事で、難事件を複数解決
ベルギーからイギリスに亡命 - ジェームズ・ジャップ
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ロンドン警視庁(スコットランドヤード)の警部
1904年アバークロンビー偽造事件でポワロと仕事をする - アーネスト・ヘヴィウェザー
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有名な勅選弁護士で、ジョンの弁護に当たる
スタイルズ荘に住む人々
- エミリー・イングルソープ
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スタイルズ荘の女主人でジョンとロレンスの義理の母親、70歳ほど
- アルフレッド・イングルソープ
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3ヶ月前にエミリーと再婚、エヴリンのまたいとこ、50歳ほど、真っ黒で長い顎髭で金縁の眼鏡を装着
- ジョン・カヴェンディッシュ
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エミリーの義理の息子でヘイスティングズの旧友、元弁護士、45歳
週に2回義勇兵と軍事訓練、農場の手伝い - メアリー・カヴェンディッシュ
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2年前に結婚したジョンの妻。夫とミセス・レイクスの関係を疑っている。
農作業 - ロレンス・カヴェンディッシュ
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ジョンの弟で元医者、40歳くらい
- エヴリン・ハワード
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エミリーの友人で雑用係、40歳くらい、看護婦
- シンシア・マードック
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エミリーの旧友の娘、赤十字病院で薬剤師をしている、美しい赤褐色の髪
- ドーカス
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スタイルズ荘のメイド頭
- アーニー
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スタイルズ荘のメイド
- マニング
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スタイルズ荘の庭師
- ベイリー
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スタイルズ荘の使用人
スタイルズ荘に関係する人々
- バウアスタイン博士
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毒理学の世界的権威、村で療養中、背が高く顎髭を蓄えている
- ウィルキンズ
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エミリーの主治医。毒物の研究家。
- アルバート・メース
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薬局の店員
- ミセス・レイクス
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近所の農場の未亡人、若く美人で魅力的な女性、メアリーからはジョンと不倫していると疑われている。
ここから、わたしの感想が書かれています。犯人は特定していませんが、物語のネタバレも含まれていますので、読み続ける際にはご注意ください。
感想
本書はポワロの友人であるヘイスティングズ大尉の目線で語られています。ポワロは早々に事件の犯人に辿り着いているようですが、ヘイスティングズがミスリードして読者を混乱に陥れています。また、ヘイスティングズはポワロを助けようとした行動が無駄になったりと大きく空回りして、いじけてしまうこともあります。さらに、出会って間もない女性(しかも2人!)に勢い余ってプロポーズまでしてしまいます。まるで、『ドラえもん』に出てくるのび太くんのようです。
この空回りとミスリードが、物語をより魅力的なものにしています。ポワロは早々に犯人に目星をつけているので、ポワロの目線で物語を書いてしまうととても貧弱な話になっていたに違いありません。ヘイスティングズのおっちょこちょいは物語にボリュームをつけて、読んでいて楽しいものにしています。
事件を解決する際、ポワロは関係者全員を一同に集め、犯人発きをしていきます。犯人だけを当てるのではなく、他の人物の怪しかった行動の理由までも明らかにしてしまいます。読者的には謎が解けて面白いけど、わざわざ言わなくていいじゃんって思ったりもします。
「身内は傷つけない」というのがアガサ・クリスティの多くの小説に共通していることかもしれません。彼女の小説の読了後は心がざわざわするものはなく安心して読めます。現代の推理小説の多くは動機が複雑で、読者が同情してしまうものも多いのですが、彼女の小説は犯人の動機が「金」っていうのもストレートで気持ちがいいです。
ポワロという変人かつ奇才と、それを際立たせるヘイスティングズの絶妙な組み合わせ。この二人の関係性が、物語にユーモアと深みを加えていて、今後も読み進めたくなるシリーズの始まりでした。
ヘイスティングズの視点だからこそ楽しめる、ポワロシリーズの原点とも言える傑作でした。小説も映像でも大好きな作品です。
考察
1916年に執筆したと言われているので、この物語の時代設定も第一次世界大戦の最中だったと考えられます。実際、本文中に戦争中である表現が見られます。
- 第一次世界大戦は1914年7月28日に始まり、1918年11月11日に終わっています。
冒頭でヘイスティングも「傷病兵として前線からイギリスに送還され、軍の保養所での療養後、1ヶ月の病床休暇が与えられた」と述べています。そしてその休暇を過ごすためにスタイルズ荘を訪れます。
- 私は傷病兵として前線から本国に送還され、陰気な軍の保養所で数ヶ月療養したあと、…
- まだ多少はガソリンが手に入るんだ
- 大きな戦争が避けがたい結末に向かって突き進んでいるのが信じられなくなってきた。
- 義勇兵と軍事訓練をしたり、
- 戦時中なのですからね。なにひとつ無駄にはできません
というように、本文中にも戦争中であることを示している箇所がいくつかあります。
物語の舞台はスタイルズ・セント・メアリ村で、近くの駅から2マイル(3kmほど)離れていて、スタイルズ荘はそこから1マイル(1,6km)というのどかな田園風景の広がる場所です。
スタイルズ荘ではガス灯が使われています。イギリスでは1881年に最初に電気が使われ、1900年ごろまでに人口5万人以上の都市で電力が使われるようになっていきました。しかし、この物語の時代(第一次世界大戦中)の田舎村ではまだ電気は使われずガス灯が主に使われていたことがわかります。
事件の起こる前日の夜、スタイルズ荘の人々はコーヒーを飲んでいます。紅茶はイギリス人にとって欠かせない飲み物であり、戦時中でも配給制が導入され家庭でも飲まれていたようです。しかし、コーヒーが輸入が制限されていたため、一般的に入所は困難となりました。そのような状況でコーヒーを手に入れることができていたことは、スタイルズ荘での暮らしが恵まれていたことが窺われます。おそらく、エミリーの活動のおかげであったことが伺えます。
スタイルズ荘ではメイドや使用人、庭師といった職業人を少なくとも4人を雇っています。このことから、スタイルズ荘の暮らしは戦時中にもかかわらず裕福であったことが想像できます。イギリスでは一般的にヴィクトリア朝(1837年-1901年)からエドワード7世の時代(1901年-1910年)に、富裕層や中産階級の上層部では、複数のお手伝いさんを雇うのが主流でした。これらの邸宅では家政婦、執事、料理人、メイド、庭師、従者などの使用人が雇われていました。しかし、1900年代に入ると徐々にお手伝いさんを雇う傾向が薄れていきます。理由としては、戦争中に人手が足りなくなったことで女性が工場などで働くことになり、お手伝いさんのなり手が減ったことが挙げられます。また、技術の進化により掃除機や洗濯機など家電製品の普及によりカジノ負担が減ったことが考えられます。第二次世界大戦後にはお手伝いさんの需要も大きく減少し、一部の富裕層に限られるようになりました。
スタイルズ荘の人々も戦争についての苦労は述べているものの、戦争の悲惨さを感じさせない優雅な暮らしが感じ取れます。
それもそのはずで、第一次世界大戦ではイギリス国内で戦闘は行われず、被害を被ることはほとんどありませんでした。イギリスはフランスやベルギーでドイツ軍と戦いました。そのため、前線に送られたヘイスティングズは負傷したのですね。
1914年8月、ドイツ軍は中立国であったベルギーを占領し、各地で民間人に対する殺戮や奪略などの残虐な行為が行われました。また、ベルギーの西部戦線となった地域絵は激しい戦争が繰り広げられました。そのため、幅広い階層の数十万ものベルギー人が隣国のイギリスに避難しました。イギリスも亡命者を受け入れ、各地に難民キャンプを設置しました。警察を引退したポワロもこの亡命者の一人だったのでしょう。
ヘイスティングズがスタイルズ荘を訪れたのは7月5日です。事件が起こったのは7月16日(月曜)と17日(日曜)のことです。
ヘイスティングズはメアリー(ジョンの妻)の第一印象を「これほど魅力的な女性はいない」と表現していて、初めて会った時のことは永遠に忘れないだろうと述べています。しかし、事件後に落ち込んでいたシンシアを励ます思いで、結婚を申し込んでしまいます。シンシアを元気付けるためにはプロポーズしかないっていう勘違いの暴走をしてしまいますが、シンシアからは厳しく断られます。惚れっぽい性格なのでしょう。その後のシリーズ内で、ポワロよりこの事件を振り返った際に、「同時にふたりの女性を好きになって、事件をややこしくしたよね」って言われています。
ネタバレなデータ
次のページには本書のネタバレになる部分のデータを書いています。被害者や犯人、動悸などについて言及しています。犯人の名前は書いていませんが、ヒントになることは書いているので、閲覧にご注意ください。
犯行時間 | 数日前に仕掛ける |
死亡時間 | 朝5時ごろ |
被害者 | 女性 |
殺害場所 | 被害者の部屋 |
犯人 | 女性(主犯)・男性(共犯) |
動機 | お金・遺産 |
殺害方法 | ストリキニーネ(毒薬) |
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